こんにちは。「classicfrontier」の「マコト」です。
「Z432」という車名を聞いて、ただの数字の羅列だと感じる人は少ないはずです。しかし、その真の意味を技術的な背景まで含めて語れる人は、意外と多くありません。
その背後には、1969年当時の日産自動車、そして合併前の旧プリンス自動車工業の技術者たちが注ぎ込んだ、狂気とも言えるエンジニアリングへの情熱が隠されています。
Z432が持つ意味、そしてなぜこれほどまでに価格が高騰し、伝説の車として語り継がれているのか。S20型エンジンの精緻な構造や、幻のホモロゲーションモデル「Z432R」との決定的な違い、そして現代における市場価値まで、皆さんが知りたい情報を余すことなく、そしてどこよりも詳しく紐解いていきます。
あなたは今、こんなことで悩んでいませんか?
- ✅ Z432の「432」という数字に隠された具体的な意味を知りたい
- ✅ ハコスカGT-Rと同じエンジンだと聞くけれど、何がすごいのか分からない
- ✅ 1億円とも噂される価格の理由や、Z432Rとの違いをはっきりさせたい
- ✅ 憧れのZ432を手に入れたいけれど、維持やメンテナンスの実態が不安
もし一つでも当てはまったなら、この記事があなたの疑問をすべて解決します。
数字が示すZ432の意味と究極のメカニズム
Z432というネーミングは、単なる開発コードや排気量を示すものではありません。この章では、その車名そのものが表している驚異的なエンジンスペックと、当時の国産車としてはあり得ないほど高性能だったメカニズムの核心に迫ります。現代の基準で見ても色褪せない、その技術的野心を感じ取ってください。
車名が表す4バルブ・3キャブ・2カムシャフト

結論から申し上げますと、「Z432」という車名の数字は、この車に搭載されたS20型エンジンの構造的特徴を、エンジニアが誇りを持って暗号のように並べたものです。これは、当時の日産(および旧プリンス)の技術陣による、世界に対する「挑戦状」であり、技術に対する強烈な自信の表れだと私は確信しています。
具体的には、以下の3つの要素を指しています。
- 「4」:4 Valves(4バルブ)
1気筒あたり吸気2本・排気2本のバルブを持ち、吸排気効率を極限まで高めています。 - 「3」:3 Carburetors(3連キャブレター)
ミクニ製ソレックス系40PHHキャブレターを3基連装し、鋭いレスポンスを実現しています。 - 「2」:2 Overhead Camshafts(DOHC)
吸気と排気それぞれに独立したカムシャフトを持つ、レース直系の構造です。
まず「4」の4バルブについてですが、これはエンジンの「呼吸」を劇的に改善するための技術です。当時の一般的な乗用車はOHVやSOHCの2バルブが主流でした。円形のシリンダーの中にバルブを配置する場合、大きなバルブを2つ置くよりも、小さなバルブを4つ置く方が、トータルの開口面積を広く取ることができます。これにより、高回転域でも大量の空気と燃料(混合気)をシリンダー内に送り込み、燃焼後の排ガスを素早く排出することが可能になります。さらに、バルブ単体が小さく軽くなるため、高回転時のバルブの追従性も向上します。
次に「3」の3連キャブレターです。Z432のボンネットを開けると、エンジンの側面に整然と並ぶ3つのミクニ・ソレックス製キャブレター(40PHH系)が目に飛び込んできます。これは、6つの気筒に対して、理想的な燃料供給を行うための構成です。一般的なシングルキャブ車のような長いインテークマニホールドを経由せず、スロットルバルブがエンジンのすぐ近くにあるため、アクセルペダルをミリ単位で踏み込んだ瞬間、エンジンが即座に反応します。そして何より、スロットル全開時の「クォォォーッ!」という吸気音は、燃料噴射装置(インジェクション)では絶対に再現できない、野性的で官能的な響きを持っています。
最後に「2」のDOHC(ダブル・オーバーヘッド・カムシャフト)。カムシャフトをヘッド上に2本配置し、ロッカーアームを介さずにバルブを直接押す「直打式」を採用しています。これにより、高回転でもバルブの開閉タイミングが狂わず、7,000回転を超えるレッドゾーンまで突き抜けるような回転フィールを実現しました。
現代の高性能車であればDOHCや4バルブは当たり前のスペックかもしれませんが、1969年当時、これらは純粋なレーシングカーだけが持つことを許された特別なメカニズムでした。それを市販車のボディに押し込んで公道を走らせるという発想自体が、当時の常識を覆すエンジニアリングの勝利だったのです。
名機S20型エンジンの馬力とスペックの詳細
Z432の心臓部であるS20型エンジンは、単に構造が複雑なだけではありません。そのスペックもまた、当時の国産車の常識を遥かに凌駕するものでした。実際にどれほど尖ったエンジンだったのか、主要なスペックを詳細に見てみましょう。
| 項目 | スペックデータ | マコトの視点 |
|---|---|---|
| エンジン型式 | S20型 水冷直列6気筒DOHC 4バルブ | 日本の自動車史に残る名機です |
| 総排気量 | 1,989cc | 2リッタークラス最強の座に君臨 |
| 最高出力 | 160ps / 7,000rpm | 驚異のリッターあたり80馬力 |
| 最大トルク | 18.0kgm / 5,600rpm | トルクピークもかなり高回転寄り |
| ボア×ストローク | 82.0mm × 62.8mm | 極端なショートストローク設計 |
| 圧縮比 | 9.5 : 1 | ハイオク仕様が前提の高圧縮比 |
このスペック表の中で特筆すべきは、ボア82.0mmに対しストロークわずか62.8mmという、極端なショートストローク設定です。ストロークが短いということは、ピストンが上下する距離が短いことを意味し、同じ回転数でもピストンスピードを低く抑えることができます。
これは、より高回転まで回せるエンジンであることを示しています。理論上は非常に高い回転数まで余裕を持って回せるジオメトリを持っており、市販車としては異例の高回転型ユニットでした。
最高出力160馬力という数値は、現代のターボ車と比較すれば控えめに映るかもしれません。しかし、1969年当時の「グロス値」であることを差し引いても、リッターあたり80馬力という出力密度は世界水準で見てもトップクラスでした。
例えば、同時代のポルシェ911T(2.2L)が125馬力程度だったことを考えれば、S20型の異常な高性能ぶりが理解できるでしょう。
ただし、その代償として低速トルクは細く、街乗りでの発進には少し気を使います。3,000回転以下ではぐずつくこともありますが、一度カムに乗ってパワーバンドに入った瞬間、性格が豹変します。
5,000回転から7,000回転にかけての、背中を蹴飛ばされるような加速感と、金属質の甲高いエキゾーストノートは、まさに麻薬的。この「回してナンボ」のピーキーな特性こそが、S20型エンジンを神格化させている要因の一つと言えるでしょう。
また、点火系には当時最新鋭のフルトランジスタ式イグニッションを採用し、高回転での失火を防ぐなど、補機類に至るまでコスト度外視の設計がなされていました。このエンジンは、単なる動力源ではなく、それ自体が工芸品のような美しさと精緻さを備えていたのです。(出典:日産ヘリテージコレクション)
ハコスカGT-Rと同じ心臓を持つ狼の系譜

自動車ファンの間でよく語られる「Z432はハコスカGT-Rと同じエンジンを積んでいる」という話は、紛れもない事実です。しかし、その背景にはもっと深いドラマがあります。
S20型エンジンの真のルーツは、1966年に日産と合併した「プリンス自動車工業」が開発した純レーシングマシン、「R380」に搭載されていた「GR8型」エンジンにあります。
プリンスの技術者たちは、打倒ポルシェを掲げてR380を開発しました。その心臓部であるGR8型は、レースで勝つためだけに設計された純粋なレーシングユニットでした。
S20型エンジンは、このGR8型の設計思想を色濃く受け継ぎ、公道走行用にデチューン(扱いやすく調整)して再設計されたものです。つまり、Z432のボンネットの下には、グランプリマシンの血が脈々と流れているのです。
最初にS20型が搭載されたのは、1969年2月に登場したスカイライン2000GT-R(PGC10型、通称ハコスカGT-R)でした。無骨なセダンボディにレーシングエンジンを押し込んだGT-Rは、ツーリングカーレースで無敵の強さを誇り、「羊の皮を被った狼」という称号を得ました。
それに対し、同年12月に登場したフェアレディZ432は、最初から流麗なスポーツカーとして設計されたS30型のボディを持っています。空気抵抗の少ない低いノーズ、ドライバーを中心に据えたコックピット、そして優れた前後重量配分。
この生粋のスポーツカーボディに、GT-Rと同じS20型エンジンを搭載したZ432は、もはや羊の皮など被っていません。その姿は、獰猛な爪を隠そうともしない「狼の皮を被った狼」そのものでした。
なお、フェアレディZ全体のS30/S31の違いについては、別記事の
「フェアレディZ S30 S31 違いの決定版:伝説のキャブか、後期型の熟成か」
で詳しく解説していますので、合わせて読んでいただくとZ系全体の位置づけがよりクリアになるはずです。
ちなみに、同じS20型エンジンでも、スカイラインGT-R用とフェアレディZ432用では細部が異なります。
Zの低くスラントしたノーズに背の高いDOHCエンジンを収めるため、Z432用はオイルパンの形状が変更され、エキゾーストマニホールド(タコ足)やエアクリーナーボックスの取り回しも専用設計になっています。
狭いエンジンルームにぎっしりと詰め込まれたメカニズムの密度感は、Z432ならではの見どころですね。
幻のZ432Rとの違いや生産台数の真実
「Z432」について深く調べていくと、必ず行き着くのが「Z432R」という神話的な存在です。多くの人が単なるグレード違いや特別仕様車程度に考えているかもしれませんが、その実態は全くの別物です。ここでは、公道を走ることができる競技車両とも言える「R」の正体と、その圧倒的な希少性について詳しく解説します。
徹底的な軽量化が施されたZ432Rの特徴

Z432R(型式:PS30-SB)は、レースで勝つために作られたホモロゲーション(競技公認取得用)モデルです。標準のZ432も十分に高性能なスポーツカーですが、Z432Rはそこからさらに「快適性」や「実用性」を完全に排除し、「軽量化」のみに特化して再構築されたマシンです。
その軽量化の手法は、現代の安全基準や常識では考えられないほどストイックで、ある種の狂気すら感じさせます。
【Z432Rにおける狂気の軽量化メニュー】
- ボディ鋼板の薄肉化:これが最も衝撃的です。標準車のボディパネルには0.8mm厚の鋼板が使われていますが、Z432Rでは0.6mm厚の鋼板が採用されています。わずか0.2mmの差ですが、車体全体では大きな軽量化になります。しかし、その代償として強度は落ちており、指で強く押せばペコっと凹んでしまうほどの薄さです。
- FRP製ボンネット:標準の重い鉄製ボンネットから、軽量なFRP(ガラス繊維強化プラスチック)製へと変更されました。当時の個体写真では無塗装のFRP地肌や艶消し黒(サテンブラック)仕上げなどが見られ、本格的なレーシングカーらしい佇まいを演出しています。
- アクリルウィンドウ:フロントガラスを除く、サイドおよびリアのウィンドウガラスは、軽量化のためにアクリル樹脂(プレキシガラス)に変更されました。傷がつきやすく、経年劣化で曇りやすい素材ですが、レースでの軽さを優先した結果です。
- 快適装備の全廃:ラジオ、時計はもちろん、ヒーターすら装備されていません。冬場の寒さや雨の日の曇り止めなどは考慮されておらず、グローブボックスの蓋すら省略されています。
- 100リットル燃料タンク:耐久レースを見据え、標準の60Lタンクに代わり、巨大な100Lタンクが用意されました。実際に装着されている個体は限られますが、まさにサーキットを前提とした装備です。
これらの徹底的なダイエットにより、Z432Rの車重は標準車(1,040kg)に対し100kg前後軽量化されたとされています。資料によって具体的な数字には差があるものの、Z432より一段と軽いことは共通認識で、公称値ベースでも900kg台に迫るレベルまで絞り込まれたピュア・レーシングマシンへと変貌を遂げたのです。
わずか数十台といわれる生産台数と現存数
Z432Rの正確な生産台数については、日産の公式記録においても諸説あり、明確な数字は定まっていません。しかし、一般的には30台から50台程度と言われています。通常のZ432の総生産台数が419台(諸説あり)であることを考えると、その少なさは際立っています。
さらに重要なのは、生産されたZ432Rの多くが、その目的通りにサーキットなどのレースフィールドで使用されたという事実です。レースという過酷な環境下で、クラッシュして廃車になったり、度重なる改造によって原形を留めなくなったりして、多くの個体が失われました。
また、ボディの鋼板が薄いため、公道で使用されていた個体であっても、錆や腐食の進行が早く、解体されてしまったケースも少なくありません。
その結果、新車当時の状態を保ったまま、あるいは適切なレストアを受けて現存する「オリジナル」のZ432Rは、世界でもごくわずか、十数台程度とも言われています。
博物館クラスの希少性を持つこの車に公道で遭遇する確率は、隕石に当たるよりも低いかもしれません。この圧倒的な希少性が、後述する驚愕の市場価格を生み出している最大の要因なのです。
縦デュアルマフラーなど外観上の識別ポイント

街中やイベント会場でZ432(あるいはR仕様)を見かけたとき、どこを見れば本物だと分かるのでしょうか。また、標準のZ432とZ432Rを識別するポイントはどこにあるのでしょうか。マニアックな視点から特徴的なポイントを解説します。
【Z432およびZ432Rを見分けるポイント】
- 縦デュアルマフラー(共通):Z432の最大の特徴です。通常のマフラーは左右出しや片側1本出しですが、Z432はマフラーの出口が縦に2本並んで配置されています。これは狭いフロアトンネル内にデュアルエキゾーストを通すための苦肉の策でしたが、結果的にZ432を象徴する強烈なリアビューを作り出しました。
- マグネシウムホイール(共通):純正でマグネシウム製のホイールを採用していました。当時の技術では腐食しやすく、現存する純正ホイールは非常に貴重ですが、独特の鈍い輝きとデザインはZ432の足元を引き締めています。
- FRPボンネット(Rの特徴):多くのZ432Rは、軽量なFRPボンネットとアクリルウインドウを組み合わせた、いかにもレーシングカー然とした外観を持っています。オレンジのボディに黒いボンネットという配色は、Z432Rの戦闘的なイメージを決定づけました。
- バケットシート(Rの特徴):Rにはリクライニング機能のない、FRP製のフルバケットシートが標準装備されていました。その色は鮮烈な赤色(またはオレンジ)であることが多く、スパルタンな内装の中で強烈なアクセントとなっています。
特に「縦デュアルマフラー」は、Z432以外のグレード(240ZやZ-L)には存在しない装備のため、後ろ姿を見ただけで「おっ、432だ!」と分かる独特のオーラを放っています。ただし、レプリカマフラーも販売されているため、マフラーだけで本物と断定するのは早計です。
本物と仕様を見分ける車台番号の重要性

ここで最も注意が必要なのが、「Z432仕様」や「Z432R仕様」と呼ばれるレプリカ(改造車)の存在です。S30型フェアレディZは人気車種ゆえに、安価なL型エンジン搭載車(L20やL24など)をベースに、外見だけをZ432やZ432Rに似せて作られた車両が多く存在します。中には、大変な苦労をしてS20エンジンに乗せ換えた、精巧なレプリカも存在します。
本物かどうかを見分ける決定的な証拠は、車検証および車体に刻印された車台番号(VIN)とエンジン番号です。
- Z432:車台番号が「PS30-」から始まります。(例:PS30-00123)
- Z432R:型式としてPS30-SBが用いられ、PS30の中でもZ432Rに対応する特定の番号帯に含まれることで識別されます。
- 通常のZ:「S30-」(2リッターモデル)や「HS30-」(240Z)から始まります。
もし「PS30」の刻印がない車体にS20エンジンが載っていたら、それはエンジンスワップされた車両(改造車)です。もちろん、それ自体が悪いわけではありませんが、歴史的価値や資産価値という意味では、本物のZ432とは天と地ほどの差があります。
購入を検討されている方へ
Z432は高額な車両だけに、偽物を掴まされるリスクもゼロではありません。購入時は必ず車検証の記載と車台番号の刻印を照合し、さらに日産の製造証明書などで「マッチング(車体とエンジンが新車時の組み合わせのまま一致しているか)」を確認することを強くおすすめします。欧米のコレクター市場では、この「マッチングナンバー」かどうかが、価格を大きく左右する最重要項目となっています。
高騰する中古車価格と維持管理の現実
かつては数百万円で取引されていたZ432も、今や世界的な投機対象となりつつあります。21世紀に入り、「JDM(Japanese Domestic Market)」ブームが世界を席巻するとともに、その価値は天井知らずに上昇しました。
ここでは、夢の車を手に入れるために必要な資金のリアルと、所有した後に待ち受ける維持管理、メンテナンスの現実について、包み隠さずお話しします。
1億円に迫るオークション落札価格の衝撃
2020年1月、日本の自動車史に残る衝撃的なニュースが世界を駆け巡りました。東京オートサロンと併催された「BH Auction」において、極上のコンディションを保った「Z432R」が出品され、手数料込みでなんと8,855万円で落札されたのです。
この価格は、それまで日本車のヴィンテージカー市場で最高額クラスとされていたトヨタ2000GTに匹敵、あるいは一部の取引事例を上回るものでした。
これは単なる「高い中古車」という枠を超え、Z432という車が「ヴィンテージ・フェラーリ」や「ポルシェの限定モデル」と同じ土俵、つまり世界的な「美術品・投資資産」としての地位を確立した瞬間でもありました。
落札された個体は、未再生原形車(レストアされていない、新車時の状態を奇跡的に保った車両)に近いコンディションであり、その希少性が評価された結果ですが、この出来事はZ432全体の相場を大きく引き上げる要因となりました。
海外の富裕層コレクターが「日本車には投資する価値がある」と確信し、良質な個体が次々と海外へ流出するきっかけにもなったのです。
同じく、日産の希少ホモロゲーションモデルがどのように評価されているかについては、R31スカイラインGTS-Rを取り上げた
「R31 GTRという幻影を追って ― 限定800台の『GTS-R』が刻んだ伝説と現在の中古車事情」
も参考になるはずです。日産の競技車両がいかにして「投資対象」へと変貌していったのか、別の角度から理解できます。
中古車市場における相場と購入時の注意点
では、億越えのRではない、通常の「Z432」なら一般人にも手が届くのでしょうか?残念ながら、こちらも非常に高騰しています。
大手中古車情報サイトや専門店を覗いても、価格はほとんどが「ASK(応談)」となっています。これは価格が変動しやすく、店側も客を見て価格を決める場合があるためです。
2025年現在の実勢価格としては、走れる状態の個体で2,000万円〜3,000万円以上で取引されることが一般的です。フルレストア済みで、ヒストリー(過去の所有歴や整備記録)が明確な極上車であれば、4,000万円〜5,000万円というプライスが付くことも珍しくありません。
一方で、稀に1,000万円前後やそれ以下で流通している個体を見かけることがありますが、これには注意が必要です。エンジンがS20ではなくL型に換装されていたり、ボディが錆で腐り落ちていたり、あるいはS20エンジンが修理不可能なほど破損している可能性があります。
Z432のレストアには、部品代だけで数百万円、工賃を含めれば1,000万円単位の費用がかかることもザラです。「安物買いの銭失い」にならないよう、目先の価格に惑わされず、信頼できる専門店で現車を徹底的にチェックすることが不可欠です。
S20エンジンのレストアとメンテナンス難易度

運良くZ432を手に入れたとしても、本当の戦いはそこから始まります。Z432を所有するということは、気難しくも美しいS20型エンジンと一生付き合っていくことを意味します。このエンジンは「精密時計」に例えられるほどデリケートで、維持には専門的な知識と技術が求められます。
| メンテナンス項目 | 難易度 | 内容と注意点 |
|---|---|---|
| ソレックスの同調 | ★★★★★ | 3基のキャブレターの吸入空気量を完全に一致させる作業。季節や気温で調子が変わるため、頻繁な調整が必要です。これがあっていないと、アイドリングすら安定しません。 |
| バルブクリアランス調整 | ★★★★☆ | 直打式DOHCのため、定期的なシム調整が必要です。クリアランスが狂うと異音の原因になり、最悪の場合はバルブとピストンが衝突する「バルブクラッシュ」を招きます。 |
| オイル漏れ対策 | ★★★☆☆ | 当時の設計精度やガスケットの材質上、ある程度のオイル滲みは「仕様」です。現代の高性能化学合成油(浸透性が高い)を使うと漏れが酷くなるため、旧車専用の鉱物油を選ぶなどのノウハウが必要です。 |
| 部品の確保 | ★★★★☆ | 日産純正部品の多くは製造廃止(製廃)となっています。純正新品が出ることは稀で、中古部品も高騰しています。 |
しかし、絶望する必要はありません。Z432やハコスカGT-Rの熱狂的な人気に応える形で、日本の職人たちが立ち上がっています。例えば「亀有エンジンワークス」などの有名パーツメーカーやプロショップが、現代の金属加工技術や素材を用いて、S20エンジンのためのリプロダクションパーツ(復刻部品)を開発・販売しています。
強化タイミングチェーン、メタルヘッドガスケット、鍛造ピストン、さらには入手困難だったシリンダーヘッドそのものまでが再生産されるケースもあります。
つまり、「お金と情熱、そして信頼できる主治医(メカニック)」さえいれば、50年前のエンジンを新車以上の性能と信頼性で蘇らせることが、現代では物理的に可能になっているのです。維持は決して楽ではありませんが、その苦労を補って余りある感動が、S20エンジンの咆哮には詰まっています。
Z432に関するよくある質問(Q&A)
記事を読んでいただいた読者の方から、よく寄せられる疑問についてQ&A形式で回答します。S20型エンジンの実用性や、他のZとの違いについて、マコト流の視点でズバリお答えします。
Q1. 現代のスポーツカーと比べて、Z432は速いですか?
A. 「数値上の速さ」なら、現代の2リッターターボ車や一部のファミリーカーに及ばないこともあります。しかし「体感速度」は別次元です。
正直なところ、0-100km/h加速などの数値だけで比べれば、現代の2リッターターボ車の方が圧倒的に速いです。Z432の0-400m加速はおよそ15.8秒とされており、これは今の基準では「そこそこ速いスポーツカー」程度の数値です。しかし、Z432の速さは数字だけでは語れません。地面スレスレの視線、ダイレクトな振動、そして7,000回転付近で炸裂するソレックスの吸気音。これらが合わさった時の「体感スピード」と「スリル」は、現代の電子制御された500馬力の車よりも遥かに刺激的です。
Q2. 街乗りや通勤で毎日乗ることはできますか?
A. 不可能ではありませんが、おすすめはしません(かなりの修行になります)。
S20型エンジンはレース用エンジンをベースにした高回転型ユニットのため、低回転があまり得意ではなく、渋滞にハマるとプラグがかぶったり(燃料で濡れて火が飛ばなくなる)、水温が上がりやすかったりと、現代車のような「何も考えなくていい足車」とは言えません。また、エアコンなどの快適装備もなく、クラッチも重いため、日本の夏の渋滞は本気で「地獄」に近いです。週末の早朝に、空いた峠道や郊外を気持ちよく流す…というのが、Z432が最も輝く使い方だと思います。
Q3. 北米仕様の「240Z(L型エンジン)」とどちらが良いですか?
A. 「高回転のドラマ」ならZ432、「トルクでグイグイ走る」なら240Zです。
これは完全に好みが分かれるところです。240Z(L24型エンジン)は排気量が大きく低速トルクがあるため、街乗りでも楽で扱いやすく、アメリカンな力強い走りが魅力です。一方、Z432(S20型エンジン)は神経質ですが、高回転まで回した時の突き抜けるような快感は唯一無二です。「乗りやすさのL型」か、「魔性のS20」か。性格が真逆なので、自分の走り方や使い方に合った方を選ぶのが正解です。
Q4. 燃費はどれくらいですか?
A. 条件にもよりますが、一般的にはリッター5〜7km前後、走り方によっては4km台まで落ちることもあります。
3連キャブレターで濃いめに燃料を吹くため、燃費は現代の車に比べれば悪い部類です。また、ハイオクガソリン指定かつ有鉛ガソリン時代のエンジンのため、鉛代替添加剤が必要になる場合もあります。数字だけ見れば決してエコではありませんが、この音とレスポンスを味わうための「入場料」と考えれば、納得できる…と私は自分に言い聞かせています(笑)。
まとめ:現代におけるZ432の意味と価値
最後に、本記事で解説したZ432の技術的意義と市場価値について、重要なポイントを振り返りましょう。
- Z432の「432」とは、4バルブ・3キャブレター・2カムシャフトというS20型エンジンの構造そのものを指すコードである。
- Z432は、ハコスカGT-Rと同じレーシング由来のエンジンを、純粋なスポーツカーボディに搭載した「狼の皮を被った狼」である。
- 特に競技用モデルであるZ432Rは、徹底的な軽量化が施された幻の車両であり、現在は億単位の価値が付くこともある文化遺産である。
- 維持には専門的な知識と多額の資金が必要だが、現代のリプロダクションパーツの充実により、動態保存し続けることは可能である。
Z432は、単に速いだけの車ではありません。それは、日本の自動車メーカーが世界に追いつき、追い越そうとしていた時代の、エンジニアたちの魂の叫びそのものです。
電子制御もドライバー補助機能も一切ない、アクセルペダルとエンジンが物理的に直結したその乗り味は、現代の車では決して味わえない「純粋な対話」をドライバーに要求します。
もしあなたが、幸運にもイベントや博物館でZ432を目の当たりにする機会があったなら、あるいは人生を賭けて手に入れるチャンスに恵まれたなら、迷わずその「アクセルと直結した鼓動」を感じてみてください。
そこには、効率や快適性だけを追い求めた現代社会が忘れてしまった、機械生命体としての熱い息吹があるはずです。